はなめも。~花屋のメモ帳~

現役フローリストが語る花と花屋のあれこれ。初心者向けにわかりやすく書いてます。花生活を始めませんか。

腰パンとママチャリと私。

今週のお題「自慢の一着」

高校時代、男子はルーズなズボンにスケボー用の靴を履いて ママチャリに乗るのが、最高にイケていた。女子は、今思えばとんでもなく短いスカートにルーズソックスを履いて、どっかのブランドの香水を匂わせていた。みんな、誰かが作った無理やり短くした言葉で会話をしていた。

大人達からの評判はすこぶる悪く、だらしない、不潔、といった言葉が飛び交っていたが、むしろそれは誉め言葉に聞こえ、どんどん そっちの方へ進化していった。やがてズボンは腰まで ずり落ちて、ルーズソックスは【スーパールーズ】という サイヤ人もビックリの変身を遂げていた。

 

かっこいいか、かっこ悪いか。お洒落か、ダサいか。そんなの愚問で、「イケてるか、イケてないか。」そこに答えがあった。親の世代から煙たがられる格好が、そのステータスだったと思う。

地面を引きずるズボンの裾、かがめば下着が見える腰パン。変速の付いてないママチャリで大地を駆け回っていた頃、僕らには怖い物が一つもなかった。16和音の携帯電話のメロディーに酔いしれて、大量のストラップをジャラつかせていた。

 

というのは表向きの姿で、みんな家では普通にちゃんと学生をしていた。友人の家に遊びに行けば礼儀正しく挨拶をして、靴を並べて、ズボンの裾を持ち上げたり、汚れていたら折り曲げたりして行儀良くしていた。

自分の親に強気にものを言っちゃってる友人と、ため息をつく優しいお母さん。これもありふれた光景で、それを見るたび私は、

「お母さん、大丈夫。あなたの息子は我が家では、とっても行儀が良いと評判だ。」

と、心の中で思っていた。

 私は当時、アルバイトをしていたので 自分のお金でママチャリを買ったのだが、母親がそれで買い物に行く姿を見た時は、「買って良かったなぁ」と思ったものだ。家に友達が居なければ、みんなこんなもんだったと思う。

 

そんな私の自慢の一着は、その頃に履いていた学生ズボンだ。バイト代で買った 太くてオーバーサイズの一品で、色々と自慢したい事があるが、まずは買うのに苦労した。制服を取り扱うお店の主人が、どうしても「ジャストサイズ」を出してくる。そりゃそうだ。採寸してくれたから。

「ちょっときついので、もう少しゆったりしたのが欲しいです。」

そのたび、何度もズボンを出してくれる主人が、最後には首をかしげていたのを思い出す。裾上げも、「自分でやる」というよくわからない事を言って、ご機嫌でママチャリのカゴにズボンを入れて、家で叱られた。夜中に響くミシンの音が申し訳なかった。

 

私の制服は学ランだったので、ズボンも黒かった。裾はいつも汚れていて、チャリを漕ぐたびに伸びる膝小僧はテカッていた。ウエストは緩かったので、傷んでいなかった。しかし、私はズボンを買ったのはそれっきりで、なぜなら、ちょくちょく母の手入れが施されていたからだ。休みの日にはよく干してあったので、文句を言いながらも大事にしてくれた母は偉大だと思う。

当時はアイロンの掛かったズボンに気付かず、休み明けは、「なんかゴワゴワするなぁ」と思いながら履いていた。

 

もう一点自慢する事があるとすれば、友達に「イケてるね~」と言われた事だ。初めて念願の腰パンを履いて登校した日の朝は最高だった。吹き抜ける風が剥き出しの腰に当たり、「腰パンって腹くだしそうだな」と思いながらも、いつもより前傾姿勢で腰を突き出すようにチャリを漕いだ。

 

やがて腰パンにも慣れて来た、ある暑い夏の日。腰に当たる風が心地よく、ぐんぐん進むママチャリと、ずるずる落ちてくる腰パン。調子に乗って立ち漕ぎをした瞬間、私の腰パンはモモパンになった。

 

そんなこんなで、卒業まで付き合ってくれた私のズボンは、なぜか親しかった当時の後輩に譲ったのを覚えている。それからほどなくして、細身のパンツや紺のハイソックス、ローファーなんかが流行っていたので、後輩が最後まで履いていたかは定かではない。流行の変化は激しく、あっという間に「イケてない」格好になったのだろう。

ただ、その後輩は巨漢だったので、もしかしたら世の中の大人達も、母も、制服屋の御主人も、みんなニッコリだったかもしれない。

 

時代は巡り、最近は少しオーバーサイズや、スポーティーな格好がトレンドだが、裾は引きずらないらしい。

ズルズルと引きずっていたあの頃は何でも楽しかった。なんと言っても動きにくく、歩幅も狭かったけど、無限のスタミナがカバーしていた。あんなズボンでママチャリを漕いでいたのは、もはや誇りですらある。

 

今は仕事柄、なるべく清潔な恰好で、なんなら裾が絞ってあるパンツを愛用している。

しかし、やはり学ランの高校生を見ると 時々 当時を思い返してみたりする。

今はママチャリは車に代わり、ルーズソックスを履いていた女子も大人になり、母はおばあちゃんになった。御主人の店はもうない。仕事で花を活ける私の姿は、当時の私が見たらイケてないだろう。

 

私は今でも、黒いパンツを好んで履くことが多い。多分、どこかで昔の感性を引きずっているのだろうか。どこか気合が入る気がするのは、あのズボンのお陰だろう。

最近は世の中全体に、元気がない。不安な事が多すぎる。こんな時こそ、もう一度履いてみたくなるものだ。

今度パンツを買う時は、少しルーズなズボンを選んでみようかな。ちょっとだけ下げて履いて、サイクリングにでも行けば、昔の様に元気になれるような気がする。