はなめも。~花屋のメモ帳~

現役フローリストが語る花と花屋のあれこれ。初心者向けにわかりやすく書いてます。花生活を始めませんか。

哀しみの詰まった花束を配達し続けたんだ

花屋にはいつも様々な気持ちを抱えたお客さんが足を運ぶ。人の心模様はよく【喜怒哀楽】の4つに例えられるが、その中でも【怒】を抜いて、【喜哀楽】のうち、どれかを持っている。

 

私の仕事と言えば、そんな気持ちを花に託して、形あるものとしてお客さんにお渡しする。花に込める気持ちは実に様々で、色、デザイン、大きさなど、試行錯誤してその気持ちを形にする。私の作った物が、知らない誰かへ届くという事は、喜びでもあり、当然プレッシャーでもある。

まさにお客さんの数だけ選択肢のある仕事と言っても過言ではない。

 

そんな様々な人間模様の中で働く私の記憶に強烈に残っているのは、【哀】の詰まった花束の注文。そして、それを配達し続けたこと。その向こう側に見え続けていた感情は、決して【喜楽】では無かった。

 

もう10年以上前の話。

花屋の店頭に立っていると、御悔やみの花の注文に来た女性がいた。

その女性が私に言った言葉は今でも忘れない。

 

「謝罪の花ですが、配達できますか?」

 

謝罪とは一体。耳を疑った。正直、始めての事だった。いや、もしかしたら今まで私が作って来た花の中にはそんな用途の物もあったかもしれないが・・・。

 

【御悔やみの花】【謝罪】この2つの言葉が詰まった花束・・・。正直、悪い予感しかしなかった。

「申し上げにくいのですが、お客様が直接持って行かれた方が良いのではないでしょうか?」

 面倒とかではなく、普通にそう思った。

「お伺いしましたが、顔も見たくないとの事で・・・」

なるほど。それで配達か。顔も見たくないと言われ、それでもやはり誠意を示さないといけない。

御悔みや、謝罪、そして【哀】を届けて欲しいと。しかし、これはどっちだ。

例えば「もう帰れ!」に対して「嫌だ、帰りません!」の状態なのか、「もう帰ってくれ。」に対して「せめてお話だけでも」状態なのか。

 

まあ、察するに後者だろう。そこに決して下心もなく、互いに気持ちを探り合う必要もない。両者共にお互いの心がわかっていての事だろう。

「受け取って頂けるのでしょうか?」

「受け取って頂け無ければ、持って帰って頂いて、破棄するなり、なんなりとして頂いて構いません・・・」

色んな事が頭をよぎったが、結局社長に相談したら、事情を知る私が配達をするという事で引き受ける事になった。

 

お客さんに、あの時ほど深々と頭を下げられた事はない。

 

そして配達の当日、私は緊張しながら、まだ喪中の貼り紙がされている玄関のピンポンを押した。

中から出てきた女性は疲れた様な表情をしつつも、私の持つ花束を見て、

「どなたからですか?」

と聞いてきたので、私は注文主の名前を告げると、女性は少し間を置いて、真っ直ぐこちらを見て言った。

「申し訳ございませんが、こちらは受け取れませんので、注文主さんにもその事をお伝えください」と言われたので、

「そうですか、詳しい事はわかりませんが、持って帰りますね。」と、深くは踏み込まずに花束を持って帰った。

 

一体何があったのだろうか。よくわからないけど、これは相当だな。そう思いながら、帰ってから注文主さんに電話をすると、丁寧に御礼と謝罪の言葉を告げられた。電話の向こうで頭を下げながら話しているのが容易に想像できるような 話し方だった。なんだかモヤモヤしたまま、その日は終わった。

 

後日、再び注文主の女性が現れて、また深々と頭を下げて謝罪の言葉を言ってくれた。

しかし、その後、またしても耳を疑う言葉を耳にする。

「あの・・・来月もお願いできませんか?月命日に。出来れば これから、ずっと」

 

非常に申し訳無さそうに、そして深刻な表情で言われたので、断りにくい感じだった。引き受けてあげないと、可哀想にさえ思えて来るくらい。多分、すごく言いにくい事を言っている。迷惑な事は承知の上で、それでも頭を下げて頼まれる。私なら、きっと出来ない。そこには強い意志があった。使命感にも似たような。

 

私はそうして、毎月、決まった日に哀の詰まった花束を同じ所へ配達し続ける事になった。

 

2回目の配達。玄関先で当然断られた。その怒りは、やはり断ったものを再び配達して来た私にも、少しだけ向けられていたと思う。当然だろう。

断られる際に、少し事情を聞いた。どうやら事故に巻き込まれてお亡くなりになられた方への花だった様で、注文主さんは、その事故を起こした人の身内の方の様だ。

「もう本当に結構です。」と言われた。

 

そして3回目。足取りは重い。そして、当然断られた。しかし私は、せめて注文主さんの気持ちだけでも伝えようと

「注文主様の方から、どうしてもという事で。何度も申し訳ございません」

と言った。すると、「そうですか」と言って、女性は少し穏やかな表情になって玄関で話を始めた。

 

普通なら、激怒されてもおかしくない。なんなら警察を呼ばれても。今思えば、自分のした事は正しかったかどうかさえ、曖昧だ。少し安堵したのも事実だ。しかし、話の内容はイメージとは違っていた。

 

なんと、その話の中で、度々出てきたのは私への労いの言葉で、半ば謝罪の様な一面もあった。

「あなたも大変ね」とか、「あなたは悪くないのだけれど。」とか。

そして、「受け取れなくてごめんなさいね・・・」と。

 

その度に「いえいえ、こちらこそ何回もすみません」としか、返せない。

 

予想外だった。てっきり私は、注文主さんの事や、お亡くなりになられた方の事、事故の事が話の中心になると思っていたからだ。時々見える 悲しみや、事故に対する怒りの様な本音はあったものの、そこは深くは話さない。

 

「受け取ってあげたいけど、やっぱり受け取れない。」そう言った時の表情のそれは、怒りではなかった。

受け取ってあげたいのは、私の事を思っての事だろう。

まだ事故の事を許す事は出来ない、心の整理がまだついていない事を表している。

 

私は迷った。注文主さんは、配達の翌日に店頭に来てお支払いを済ませてくれる。2回目の時も、やはり哀しい顔をしつつ、深々と私に頭を下げていた。

 

「注文主様も、お受け取り頂けない事は分かっておられますが、やはり御自身でお持ちするのは逆に失礼だと思われている様で・・・」と言うと、

 

「あれから何度も謝罪にお越し頂いていて、色々とお話もさせて頂いてますよ。」

と、思わぬ言葉が返って来る。

 

どうやら、当然かもしれないが、私の花束の配達よりもずっと沢山足を運んで、謝罪の言葉と共に御供物を持って来ていたらしい。恐らく受け取っては もらえていないだろうが。

 

3回も配達に行って怒鳴られなかったのも、その為だろう。

私は、途中から、胸がいっぱいになっていた。正直、注文主さんの事を少し迷惑に思っていた事もあった。自分で行けよ、配達先の人と会うのも怖いんだ。

配達先の女性が受け取ってくれない事に、何とか受け取ってくれる方法や言葉を考えてみたり。

 

しかし、私は気を遣われていた。その両方から。

「花屋さんにも、もう頼まないでくださいと伝えたんだけどね、せめてもの気持ちなのでと言われて。受け取らない事も伝えてあるんだけどね。」そう言うと、少し哀しい顔をして、こう続けた。

 

「それでも、全部無視したら、あの人が心配なのよ。」

 

何だろう、私が配達していたのは。私は哀の詰まった花束を配達していたが、それを持って帰っていた。いつか受け取ってくれるだろうか、そんな事を考えながら。しかし、その花束の中には、2つの哀の想いが詰まっていたのだろう。

 

多分、かなり顔に出ていた。目の前の女性の複雑な気持ちと、注文主さんの届かない想いが悲し過ぎて、隠しきれなかった。すると、そんな私を見てか、女性は哀しそうな顔をして、

「ごめんなさいね。じゃあ、そこに置いておいて。」

と言って、奥からお茶を煎れて出してくれた。

 

玄関でお茶を頂き、なんか無理矢理受け取らせてしまったかも・・・と、自分の不甲斐なさを感じていた。気を遣わせてしまった。熱いお茶を急いで飲んだので、少し舌が焼けた。

 

そして熱いお茶を飲み干し、御礼を言って出ようとすると、女性が

「ちょっと待って、お願いしていい?」

と言って花束に手を掛ける。思えば、初めて花束に触れてくれた。そして、

 

「花束の花が長いから茎を切って欲しい」

 

と言われた。もちろん私は引き受ける。そして、奥から、2本の仏壇用の花瓶を大事そうに持って私の所へ・・・。

 

あれから数ヶ月、配達を続けた。途中からは、事前に電話をして在宅を確認してから配達に行くようになった。どうやら、お仕事を再開する様になったらしい。玄関先で少し会話をして、いつも花瓶に花を飾ってあげる。

 

「いつもごめんね」と相変わらず謝ってくる。

「いえいえ、こちらこそ、何度もすみません」と、同じ言葉を返す。

 

注文主さんは、毎回届けた次の日にお支払いに来てくれる。いつも深刻な表情ではあるが、冬には屋内用の花鉢を帰りに買って帰ってくれた。

 

私が配達し続けたのは、約1年間。丁度一周忌の時まで。あれからもう一年も経つのか。色々あったな。結局、お届け先の女性とも親しくなれて、色々話せるようになったな。

 

あれから2人はどうなったんだろう。やはり配達先の女性は複雑な気持ちのままだろう。注文主さんは玄関先でお引き取りくださいと言われているのだろうか。

 

多分、許せてはいない。しかし、想いは届いているのだろうか。

 

と、それまでの事を振り返りながら、いつもより多目の予算で注文を頂いて作った少し大きな花束を抱えた私は、法事という事もあってか、開けっぱなしの玄関の向こうに2人の見覚えある女性の姿を見て、思わず泣いた。

 

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