今週のお題「ホワイトデー」
ホワイトデーで1番困る事。それは、チョコ選びじゃなくて、一言添える事です。
チョコ選びも大変だけど、近年はインターネットを使えば、頂いたチョコの相場がわかっちゃうもんね。それに見合った物となれば、ある程度絞れます。最低な考えですね。
そうじゃなくて、1番困るのがプレゼントを渡す時。義理チョコであれ何であれ、何か一言添えますよね?それが苦手。難しい。
『美味しそうなやつ選んだよ。』
『かわいいやつ、見つけたんだよ。』
『バレンタインのお返しでーす。』
『選ぶのめっちゃ大変だった。どうか笑顔で胃袋にお納め下さいませ。』
多分、この辺をアレンジすれば万事オッケー。しかし、しかしですよ。
ついつい言ってしまいませんか?余計な一言。
『俺さ、チョコとかあんまりわかんないからさ、ハハハ。』
『大したもんじゃ無いけど、どうぞ。ハハハ。』
『好みがわかんないから、ハハハ。』
『コンビニで買っちゃったんだけど、ナハハ。』
『適当に買っちゃった。ヌハハ。』
男ってやつは、なんでこうも不器用なんだろう。多分あれだ、上手くやろうとし過ぎる。それ故に、上手くいく為の防衛線を張ってしまう。それが上記の余計な一言の正体だ。
そして、その真意は、こうだ。
『もし美味しくなかったり、好みが違ってても仕方ないよ。だって俺、こういうの良く分かんないし。』って言う事によって、【相手の期待を下回った際の言い訳を作っておく。】
『あの人なら、まあ、こんなもんか。』そう思わせておく。また、余計な一言を添える事で、そもそもの期待値を下げておく事。
どうだ、図星だろう。
しかし、その一言は苦い。せっかく選び抜いた甘いチョコレートと合わせると、ほろ苦い。
なぜなら、
期待値を下げる事=相手のワクワク感を削る。
余計な一言=魂胆が多分バレてる。
(そりゃあ、稀にスマートにカッコ良く、サラッと渡せる人もいるけどね。)
では、どうすりゃいいんだ。残念ながら私も余計な一言のスペシャリスト。今年は
『あの、これ一応お返しで。良かったらどうぞ。あんまり詳しくないから、あれだけど。へへっ』
しかし本音は
『ファミマとセブンとローソンと、探し回った中でベストを捧げます。もちろん、君のくれたチョコレートのお値段はリサーチ済みだ。値段的にも妥当な一品だ。さぁさぁ、食べておくれ。』
となっています。
残念ですね。我ながら、残念なご報告ですね。ここで出来る事といえば、この余計な一言を美化する事でしょう。
これは、日本人特有の【侘び寂び】【謙遜】そして【思慮深さ】の表れなのです。
喜んで欲しいのに、あくまで【義理チョコである】事を。恩に対する義理を果たしたいという想いの表れである事を。
そう、決して笑顔が見たいわけじゃない。ただ、一つの義理を果たすまで。不器用な男の試練に立ち向かうのみ。
試練と言うからには、きっと合格と不合格がある事でしょう。しかし、合格ラインは義理を果たす事と心得ましょう。それが全てで、後は全部おまけです。無駄な事を考える時間は無駄です。
ここまで言えばお分かりでしょう。
余計な一言には、もう一つの正体があります。それは、【つまらぬ物ですが】と同義語である事。
余計な一言はこれと同じラインの、いわゆるマナーと言えるでしょう。もし自分の口から『余計な一言が出ちゃいましたぁ。』って嘆く人は、この日本語の常套句を責めましょう。
私は思います。大丈夫、あなたは正しい教育を受けた、礼儀正しい人間だ。いわゆる、謙遜だ。
今年もきっと数多くの甘いチョコレートが、ほろ苦い男子の気持ちと共に女性の手に渡った事でしょう。しかし、気を遣えば遣うほど、余計な一言が増えていく事は必然的な事なのです。
苦ければ苦いだけ、それは心がこもっている証でしょう。どうか、そんな不器用な気持ちを甘いチョコレートと一緒に楽しんでくださいませ。
余計な一言を口にしちゃう男性が、1人でも多く報われますように・・・。